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3.11 [その他]

あんまり3.11なんていう言い方は好きじゃないが・・・。
岩手から東京の会社に勤めて20数年、地下のエリアの席に移動になったあの日。
(チーム単位で動き、チーム編成はころころ変わるので、席移動が多い)
経験したことのない長い揺れ。
誰かが叫んだ。「非常ドア飽けとけ!」
後にあの揺れでも仕事をしていた社員が一部から賞賛されたが、ちっとも偉くない。
脱出できるように非常ドアの指示を出した誰かがあの中で一番の英雄だ。
そして、飽けたドアから見えた、しなるほど揺れる高層マンション。怖かった。
その後、まだ引越し前の4階の自席に戻り、ケータイのワンセグで
津波の映像を見ていた。驚きよりも、心の底から「もうやめてくれ!」と叫びたかった。
その後、UStreamでNHKが見れるとのことで、電源を気にせずニュースが見れた。
どうしても家に帰りたかったので、4時間かけて歩いて帰った。
実は自転車で最寄まで何度も来てたので、そんな疲れはなかった。
部屋に入るとぐちゃぐちゃ。重いプリンターが2mも吹っ飛んでた。
あとのことはよく覚えてない。
ただひたすらテレビを見てたからだろう。

沿岸ばかりが注目される中、東北新幹線の復旧に尽力している人のブログを見つけた。
話題にもならない内陸の実家周辺の様子が見れて、何かの圧力で閉鎖されてしまったが、
ブログ主には心から感謝している(なんか猫関係で誰かの逆鱗に触れたらしい)。
GW初日の、奇跡の東北新幹線復活。ブログ主を含め作業に当たった人たちに
感謝しながら1番列車に乗り込んで帰省。

宮城北部から岩手南部にかけては、実は震度6クラスの地震の常襲地帯。
宮城県沖地震は、いつ起きてもおかしくないと言われていた。
実家は、外見は大丈夫だったが、中はぐちゃぐちゃだったらしい。
吊り下げ式の蛍光灯は、壊れるか、基部が外れて床付近までたれていた。
風呂場には、2mに渡ってタイルがはがれ、亀裂が走っていた。
瓦屋根ではないので、その点は大丈夫だったが、親戚の家は結構ひどかったらしい。

実は、震災のつい2日前まで、代休消化で実家にいた。もう2日+土日の4日を
申請していたが、病気がちだったので、休みは少しは残しておけとの命令で、
2日前に帰京。あのまま休みを取っていたら、どうなっていたんだろう。
東北のほぼ全体が停電したあの夜は、偶然にも晴れ渡って、すごい星空だったらしい。
それだけは見たかったかな・・・。(実家には赤道儀でフル装備の15cm反射望遠鏡がある)

語りだすと止まらないな・・・。

まぁ、最終的に何が言いたかったかと言うと、「何が絆だ!」とか、
「さんざん東北侮蔑してたくせに」とか、文句たらたらなんだけどね。

あと松島基地。遠いが、行けない距離ではないので、T-2時代から何度も
訓練見に行ったり、震災までの6年間は毎年航空祭に行ってた。
基地も、ちゃんとどういう状態だったのかをきちんと説明すればいいのにと、
この6年間やきもきしっぱなしだ。
回転する前輪があらぬ方向を向いたり、ローターや翼が地面を叩いたとの話もある。
天候だけじゃなく、何度も襲い掛かる大きな余震。
津波の到達予報も、もっと早い時間だった。
素人でも、飛ばせる状況なんかじゃないことは分かる。
なぜちゃんと説明しない。代弁者である有川浩ですら完全に言葉足らずだ(空飛ぶ広報室より)。
だから未だに松島基地を叩く人間が後を絶たない。
何の知識も持とうともせずただ一方的に叩けるから叩く。
もううんざりだ。(松島のことだけじゃないけど)

あの震災を忘れたいのは、実は、自分なのかもしれない。

ごあいさつ [その他]

のんたまブログの始まり始まり。
ニックネームがブログごとに点けられないので、「のん太」になってますけど、
「のんたま」とお呼びください。

このブログはというと・・・簡単に言えば憂さ晴らしなんで、不快な内容も
あると思うのでお気をつけを。
ほとんど罵詈増減は吐かないと思いますけど。大人だし。

あと、ゲームの話だの、気になった話だの、タイトルの通り雑記帳です。
ツイッターの代わりというかなんというか。
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